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「大丈夫ですか?」
近づいて、そう声をかける。うつむいているし、キャップとマスクでほとんど顔は見えないが、もしかすると大学生くらいかもしれない。
「あ……、もう、次で降りるんで」
うつむいたまま、ぼそりとその男の子が呟く。迷惑がられていることはわかったが、学生かもしれないと気づいてしまった以上、放っておくことはできなかった。
「いや、でも……」
言い募ろうとした篤生だったが、ふと口をつぐんだ。じっと男の子を見下ろしたまま考える。
にじむDomの気配に既視感があった気がしたのだ。仕事中に窓口で対応した相手じゃない。これは、もっと昔――。
「準……?」
こぼれた呼びかけに、ばっとその子の顔が上がった。警戒心バリバリの猫みたいだった雰囲気が、次第に驚いたものに変わる。
あぁ、やっぱり、と篤生は思った。
「篤生くん」
切れ長の瞳と、右目の下の泣きぼくろ。記憶の底に眠っていた顔より、随分と大人びていたけれど、それでも十分に面影はあった。それに、その呼び方。自分のことを「篤生くん」なんて呼ぶ人間は、そう多くない。
いつのまにか次の駅に着いていたらしい電車のドアが閉まる音がした。ゆっくりとそのまま電車が動き出す。
大学進学を機に地元を離れ、早八年。四つ年下の幼馴染みと再会したのは、夏の匂いの濃い九月の夜だった。
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