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「べつに、ふつうだと思うけど」
不思議そうに首を傾げた準平が、それより、と問いかけてきた。出入り口に近いことを気にしてか、心持ち声が小さい。
「よかったの、仕事。無理に切り上げてくれなくてよかったのに。ごめんね、なんか」
「あぁ、いや」
これ以上、余計な気を使わせたくなくて、笑って篤生は否定した。そのついでに、缶コーヒーのプルタブを引いて、話を続ける。適当な誤魔化しではなく、本当のことだ。
「無理して今日やらなくてもいいやつだったから。むしろ、切り上げる口実ができて助かったかな。だから、ありがと」
「多いの? 残業」
「それほどでもないよ。あんまり続くと上に怒られるし。それより、準は?」
急にどうしたのかと問いかけると、いたずらに成功したような顔をする。かわいいなぁ、と思っていると、準平が理由を切り出した。
なんでも、このあたりで撮影をしていて、それが思いのほか早く終わったらしい。それで、自分の務め先の区役所が近いことに気がついて、寄ろうと思い立ってくれたのだとか。
へぇ、と頷いて、篤生は缶コーヒーに口をつけた。舌に慣れ親しんだ味。前に缶コーヒーはブラックをよく飲むと言ったことを覚えていてくれたのだろうか。
ほどよく温くなったコーヒーをもう一口飲んで、それにしても、と準平を見上げる。
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