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「なら、いいんだけど」
としか、もはや言いようがなかった。どうにか笑みを浮かべて、行ってらっしゃい、と見送りの言葉をかける。
「あ、そうだ、篤生くん」
「なに?」
思い出したように声をかけられて、なにを言われるのかとドキリと身構える。その内心が透けていたのか、からかう調子で準平が目を細めた。
「あれくらいでお酒強いって言わないほうがいいと思うよ?」
「え」
「じゃあ、篤生くんも気をつけて仕事行ってらっしゃい」
がんばってね、という二日酔いとは無縁そうな爽やかな声を最後に、ぱたりと扉が閉まる。
「……え?」
玄関に立ち尽くしたまま、呆然と呟く。なんだかものすごく気になる含みがあったような。
「って、やばい。仕事!」
なにをしでかしたのかなどと呑気に考えている場合じゃない。急いで準備を整えにかかった篤生が、「もしかして、昨日、お金を払ってないのでは」というとんでもない事実に気がついたのは、いつもより一本遅い電車に滑り込んでからだった。
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