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『今駅出た』
あと十分くらいで着くという連絡に、誤魔化しようがなく表情がゆるんだことを篤生は自覚した。
気をつけてな、とメッセージを返す。最近の金曜日の夜は、いつもこんなふうだ。
準平は律儀に最寄りの駅を出たところで連絡をくれて、篤生は到着するまでの時間をそわそわと待ってしまう。
迎え入れてからは、どうにか分別のある顔を保っているつもりでいるのだけれど。
鳴ったチャイムの音に、そっと呼吸を整えて、篤生は玄関に向かった。
「ごめん、ちょっと遅くなって」
「ぜんぜん」
開口一番に謝られてしまって、笑って否定する。たしかに、いつもより遅い時間だが、まだ十時を少し過ぎたくらいだ。終電には問題なく間に合うだろう。
それより、と篤生は白くなった顔を見やった。
「外、寒かっただろ。顔、白くなってる」
「篤生くんも」
「ん?」
「ちょっと顔色悪い感じするけど、調子悪い?」
その問いかけに、まじまじと準平を見上げる。言葉どおりの、こちらを気にかけて、心配してくれている顔。
そんなつもりはなかったので驚いたものの、あいかわらずだなぁと懐かしくなった。もう何年も前の話だけれど、よくそうやって準平は声をかけてくれた。
「ありがと。でも、そんなことないよ。大丈夫」
「でも」
「仕事もそこまで忙しいわけじゃないし、本当に大丈夫だから。――入らないの?」
靴を脱ごうとする気配のない準平にそう問えば、ほんの少し悩むような間のあとで苦笑する。
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