5.近づく距離と遠のく心

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「でも、マシになったなら、本当によかったな。俺も安心した」 「篤生くん」 「病院に定期的にかかるようになったら、きっともっと良くなると思うよ」 「篤生くん」  二度目の呼びかけに、一方的に自分が話していたことに気がついた。はっとして謝ろうとしたのだが、それより早く伸びてきた指が腕を掴んだ。 「篤生くん、俺とするの、嫌?」 「いや……」  そういうことじゃなくて、と言うつもりだった台詞が、目が合った途端に、喉の奥で止まる。じっと見下ろしてくる、Domの強い瞳。 「俺は、篤生くんとしたい。篤生くんがいい」  ぐらりと視界が回りそうになる感覚を必死に堪えて、自分に言い聞かせる。よくあることだ。  そう、所有力の強いDomにはよくあることなのだ。恋愛感情だとか、そういうことではなく、本能に近いもの。  駄目だとわかっていても、自分がお節介を働きたくなることと、一緒だ。おかしなことではない。  強いて言うなら、自分がなにかタイミングを誤ったというだけのことだ。だから、あたりまえの話ではあるけれど、準平のせいではない。  そっと息を吐いて、篤生はその目を見つめ返した。 「そうじゃない」  自身のSub性に引きずられないよう気を張ったまま、告げるつもりだった言葉を改めて口にする。
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