5.近づく距離と遠のく心

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「はじめにも、言ったよな。俺がするより、病院に行ったほうが準のためだって」 「……」 「あのときは本当にきつそうだったから引き受けたけど、落ち着いたらもう一度話そうとは思ってた。それがこのタイミングになっただけ。でも、もっとちゃんと場を設定して話したらよかった。そこは、ごめん」  言い諭すと、少しの間のあとで、ふっと視線が逸れた。張りつめていた空気がかすかにゆるむ。 「……ごめん」 「大丈夫。準が謝ることじゃないよ」  安心させるようにほほえんでから、ちらりと腕に視線を落とした。掴まれたままだというだけで、準平の指にたいした力は入っていない。その気になれば、すぐにでも振り払うことのできる程度のもの。  縋るという言い方がしっくりと来てしまいそうになって、慌てて篤生は打ち消した。ゆっくりと視線を上げる。  自分のDom性で誰かを傷つけたくない、と。準平は言う。だから、かなり気をつけて、普段は自制をしているのだろうと思う。  ――でも、べつに、本当に、俺にだったらいいのに。そんなに気にしなくて。  どこか思い詰めた雰囲気をやわらげたくて、もう一度呼びかける。   「準」  気にさせたくはなかったし、しこりを残したくもなかった。 「準。よくあることだから」 「よくあること?」  応じる声に混ざった呆れと苛立ちには、気がつかないふりで続ける。  本当によくあることだし、気が高ぶった直後に感情が荒れやすいこともあたりまえのことだ。
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