5.近づく距離と遠のく心

16/22
前へ
/145ページ
次へ
「Domが所有欲が強いのは、よくあることだから。気にしなくていい」 「篤生くん」  腕を掴む指先に、ぐっと力が入る。 「Domじゃなくて、目の前の俺の話してよ」 「……え?」 「俺は、専門のトレーナーだから、とかじゃなくて、篤生くんだから、頼ってるし、話してるつもりでいる」  でも、と感情を抑えた声が玄関に響く。驚いたのは、そんなことを言われるとは思っていなかったからだ。 「篤生くんは違うよね。なんで?」 「なんでって……」  だって、そう割り切らないとできないだろう。そう答えそうになったところで、篤生は口をつぐんだ。そんなこと言えるわけがない。  言えば、なぜだという話になるし、自分はきっと答えることができない。  中途半端に黙り込んだ篤生に、準平が笑った。 「それとも、ぜんぜん似てないから、もういい?」    聞いていたのかという驚きのあとに湧いたのは、じわじわとした罪悪感だった。  そういう意味では、いっさいない。でも、言わなくていいことだったし、聞かせるべきではないことだった。  ――気をつけてたんだけどな、だから。  準平が兄の話を出す分には、乗っても問題はない。ただ、自分からその名前を口に出すことはしない。そう決めていたのに、完全にあれは気が抜けていた。  けれど、それをどう説明すればいいのだろう。どう説明しても、言い訳のようになってしまいそうだった。答えあぐねていると、また準平が呆れたふうに笑う。
/145ページ

最初のコメントを投稿しよう!

217人が本棚に入れています
本棚に追加