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「篤生くん、昔から本当にそういうことばっかりだよね。なんていうか、すごくいい人」
そう言われてしもしかたのないことは言ったが、それにしても険があるし、らしくない。同時に、よくないな、とも思った。
自分がどうのこうのという問題ではなく、このやりとりを続けた場合、後悔するのは、間違いなく準平のほうだ。
「準。これ以上は……」
「そういうところも好きだけど、たまに苛々する」
吐き捨てる声に、肩に伸ばしかけていた指が止まる。Subに寄せていたつもりはないのに、その声に、向けられる圧に、身体の芯がぞくりと痺れそうになって、汗がにじむ。まずいのかもしれないという気が、ようやく少し遅れて湧いた。
なにもかもが中途半端なままで、結局、準平の前でも、プロとしてなんて振る舞えていないのだ。あのころの、最悪な選択ばかりを取っていた高校生の自分が顔を出す。
「兄貴も、そうだったんじゃない?」
「一夏は、べつに」
「よく言ってたでしょ、あの人。俺と準平、どっちがいいのって」
――なぁ、なんで、そんなにあいつのこと気にすんの?
苛烈な苛立ちが浮かんだ、冷たい瞳。誰にでも優しい一夏が、幼馴染みである自分を特別に扱ってくれる瞬間があるというだけで、あのころの自分はたまらなくうれしかった。
その手に触られるだけで幸せで、とろけそうで、それだけでよかったのに、いつしか、その瞳も、その手も、自分にだけ冷たくなった。
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