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――答えられないんだ。おまえ、俺のじゃなかったっけ。
ずっと。ずっと、思い出さないようにしていた記憶が、波のように押し寄せてくる。声もなにも出なかった。応じることができないまま、うつむく。
ドクドクと心臓が鳴っていて、目の前がチカチカと白く染まり始めていた。
「……っ」
掴まれたままの腕が妙に熱くて、ふらついたのか、押されたのか、気がついたときには壁を背に押さえ込まれていた。はっとして顔を上げる。けれど、もうその表情を窺うことはできなかった。
「っ、準」
「かわいそ」
耳元で囁かれた声に、びくりと身体が震える。過剰な反応に、またひとつ呆れたように準平が笑ったのがわかった。
「まだ、そんなに怖いんだ」
違う。一夏のことが怖いわけじゃない。一夏のことを思い出したわけじゃない。そう思っていたかったし、弟の準平にそんなふうに思われたくないのに、硬直したように声が出なかった。
「知ってる。ひどかったもんね、しかたないよ」
「……違う」
「違わないでしょ、なにも」
違う、と篤生は小さく繰り返した。認めたくなかったからだ。頭を振ると準平の匂いがして、なんだか、もう、自分では制御のできないところで胸が詰まった。
なにをしているのだろう、と心底思う。突き放そうと思ったはずの自分の指先は、いつのまにか縋るように準平の服を掴んでいた。
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