5.近づく距離と遠のく心

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 ――そんなに兄貴がいいの?  今の準平の声じゃない、もっと昔。まだ中学生だったころの、準平の声。  何年も前に、実際に聞いたものだ。一夏とは違う、圧倒的なDomの威圧。はじめて浴びたそれに頭が真っ白になったことを、篤生は今も覚えている。  ――なぁ、『言えよ、ぜんぶ』。  命令されて、身体が熱くて苦しい。言いたくない心の奥を勝手に暴かれているのに、拒否することができない。  答えて、褒めてもらいたいから。  けれど、思春期によくある「事故」だったのだ。  あのころの準平は、強いDom性をうまくコントロールできていなくて、でも、それはしかたのないことで。そうして、自分はおかしかった。  でも、と言い聞かせるように、篤生は胸中で呟いた。でも、今は違う。  ――そうだ、今は違う。あのころとは、なにもかもが。  浅くなりかけた呼吸を整えようと、意識してゆっくりと数を数えていく。少しずつマシになる感覚に心底ほっとした。  これでどうにか取り繕うことができる。準平のために。  縋ろうとしていた手のひらを開いて、篤生はぐっと胸板を押した。 「準」  感情を抑えた声音で呼びかけて、顔を上げる。 「ちょっと頭冷やそう。準だって、こんなことしたいわけじゃないだろ」  自分のDom性の強さを承知していて、Subを傷つけたくないと言っていたのは準平だ。その蓋を半端な介入で開いたのかもしれないと思ったし、もっとそもそもで言えば、そんなふうに思わせた原因は、あのころの自分にあったのかもしれないとも思っている。  だったら、その責任は取らないといけない。
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