5.近づく距離と遠のく心

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「ごめん」  すっと視線を外して、準平が呟くようにそう言った。 「本当に、ごめん。苛々して、当たったんだと思う」  その言葉と同時に、腕を掴んでいた指が外れる。壁から背を離すことができないまま、それでも、なんでもない調子で篤生は笑った。 「準。俺は大丈夫だから」 「大丈夫じゃないでしょ」  呆れたように失笑した準平が、はっとしたように「ごめん」と謝罪を口にする。謝られるのは、これでいったい何回目だろう。 「準、俺は本当に」 「ごめん、篤生くんの言うとおりだね。ちょっと頭冷やしたほうがいいな、本当」  問題はないのだと言い募ろうとした言葉を遮って、準平は言い切った。その顔をじっと見つめていると、また「ごめん」と唇が動く。 「今日は帰るね、ごめん。ありがとう」 「準、ちょっと待って」 「俺は、大丈夫だから」  また連絡するね、と形式ばった挨拶を最後に扉が閉まる。他人行儀な顔をそれ以上引き留めることはできなかった。  閉まった扉を前に、篤生はずるりと座り込んだ。身体の芯が、ひどく冷たい。  Domの圧が、忘れようとしていた記憶を思い出したことが、怖かったんじゃない。少なくとも、篤生はそのつもりだ。  ……あの顔、あのときも見たんだよな、たしか。  無理をして笑う、あの困ったような表情。どうしようもない溜息がこぼれる。また傷つけてしまった、と。ただ思った。
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