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「ごめん」
すっと視線を外して、準平が呟くようにそう言った。
「本当に、ごめん。苛々して、当たったんだと思う」
その言葉と同時に、腕を掴んでいた指が外れる。壁から背を離すことができないまま、それでも、なんでもない調子で篤生は笑った。
「準。俺は大丈夫だから」
「大丈夫じゃないでしょ」
呆れたように失笑した準平が、はっとしたように「ごめん」と謝罪を口にする。謝られるのは、これでいったい何回目だろう。
「準、俺は本当に」
「ごめん、篤生くんの言うとおりだね。ちょっと頭冷やしたほうがいいな、本当」
問題はないのだと言い募ろうとした言葉を遮って、準平は言い切った。その顔をじっと見つめていると、また「ごめん」と唇が動く。
「今日は帰るね、ごめん。ありがとう」
「準、ちょっと待って」
「俺は、大丈夫だから」
また連絡するね、と形式ばった挨拶を最後に扉が閉まる。他人行儀な顔をそれ以上引き留めることはできなかった。
閉まった扉を前に、篤生はずるりと座り込んだ。身体の芯が、ひどく冷たい。
Domの圧が、忘れようとしていた記憶を思い出したことが、怖かったんじゃない。少なくとも、篤生はそのつもりだ。
……あの顔、あのときも見たんだよな、たしか。
無理をして笑う、あの困ったような表情。どうしようもない溜息がこぼれる。また傷つけてしまった、と。ただ思った。
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