6.秘密

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 ――いや、しないか。  呑気な思考に、思わず失笑がもれた。昔ならいざ知らず、今の一夏は苛立つだけにちがいない。  そうわかっていても階段を上る気力が湧かなくて、篤生は居間のほうに足を向けた。幼いころから入り浸っている家であることに甘えて、台所でコップに水を入れる。  これを飲んだら今度こそ戻ろうと思っているのに、手元の水は一向に減る気配がない。うつむいたまま水面を見つめていると、玄関の扉が開く音がした。  こちらに向かって廊下を歩いてくる気配。準平だとわかって、居間の扉が開く直前で笑顔を取り繕う。 「おかえり。帰ってきたんだ」 「……大丈夫?」  中学生になった準平は、昔ほど素直に話してくれなくなっていて、「おかえり」と言ってもいつも頷くのがせいぜいだった。その準平に気遣われるような顔を、自分はしていたのだろうか。  居た堪れなくなって、篤生は笑った。 「なにが? ぜんぜん大丈夫だよ。ごめんな、勝手に入り浸ってて」 「いや、それはいいんだけど」  戸惑った表情で近づいてきた準平が、ほんの少し距離を置いたところで立ち止まった。昔は自分よりずっと小さかったのに、もうほとんど身長も変わらなくなっている。
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