6.秘密

5/10
前へ
/145ページ
次へ
「っ、一夏!」  近づいてきた一夏に腕を取られて、声が大きくなる。けれど、よろめいた身体があっさりおさまってしまうと、もうなにも言えなかった。  そんな場合じゃないとわかっていても、一夏の匂いに胸が詰まる。本当にどうしようもなくて、自分がひどく惨めだった。最近の自分は、こんなことばかりだ。  自分のことなのに、なにひとつままならない。   「だから無理すんなって言ったのに」  先ほどまでとはまったく違う、優しい声だった。 「篤生のとこ、今日もおばさん遅いんだろ? 泊まっていったら?」 「いや、……でも」 「ひとりにするの心配だし。――な?」  間近で見下ろしてくる瞳から目を逸らせないまま、頷く。だって、そうすれば、意を汲めば、一夏は喜んでくれるし、褒めてくれる。 「よかった」  想像したとおりの柔らかなしぐさで髪を撫でられて、篤生はそっと目を細めた。気持ちが良くて、ふわふわとして、指先の震えが止まったことを自覚する。  ――一夏のSubなんだな、俺。    事実がどうであれ、自分の心は、今、そうなっているのだ。満足そうにほほえんだ一夏が、「そういうことだから」と自分ではない誰かに向かって、勝ち誇ったように告げる。 「篤生、泊まるけど。邪魔すんなよ」 「ちょ、……一夏」  その台詞で、篤生はようやく準平の存在を思い出した。一夏のことばかりでいっぱいだった頭が、急激に冷えていく。
/145ページ

最初のコメントを投稿しよう!

217人が本棚に入れています
本棚に追加