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「言えって」
そうじゃないとわからない、と一夏が言う。周囲に気を使いすぎて本音を呑み込むことが多かった篤生に、一夏だけがよくかけてくれた言葉だった。好きだった。
「っ、めない」
「なに?」
「やめない」
はっきりと、そう告げる。なにをしているんだろう。そう思っていたし、今も頭の片隅ではそう思っている。でも、無理だった。
ふっと満足そうに笑った唇が、唇に触れる。めったにされることのない、優しいキス。目じりに溜まった涙のしずくを一夏の指先が拭った。そうして、耳元で声が囁く。
「おまえの泣き顔、好きだわ。俺」
好きだった。誰におかしいと言われようとも、ずっと好きだった相手が、自分に構ってくれる現実を、捨てる決意を持つことはできなかった。好き、と小さく呟く。
「知ってる」
当然と笑った一夏が、だから、と言う。
「篤生は、ずっと俺のなんだろ」
たぶん、本当に、そうだったのだと思う。あのころの自分は、すべて一夏のものだった。
どうしようもなく、子どもだったのだ。
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