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「よくあること」
だから、たいしたことでも、なんでもない。言い聞かせる調子でひとりごちて、インスタントコーヒーの粉をマグカップに多めに入れた。
沸いたお湯を注いで、スプーンでぐるぐるとかき混ぜる。その水面を見つめたまま、でも、と篤生は思った。
――俺は黒歴史で済むけど。思春期にあんなもん見せられたら、そりゃ、準はトラウマにもなるわな。
見たくもないだろうものを見せられて、当然の反応として苛立っただけだろうに。年上の幼馴染みに――おまけに、Subだと名乗った相手に、だ――あんな反応を見せられたら。
それに、それ以外にもいろいろあったのだ。
にも関わらず、準平は、顔を合わせると気遣うそぶりを見せてくれるようになった。
申し訳ない感情が強かったから、当時の自分は精いっぱいなんでもないふりをしていたと思う。でも、本当はうれしくて、あのころの自分の心の支えのひとつだった。
――だから、そのお返しって思ったっていうわけじゃないんだけど。
けれど、どうにかして準平の力になりたいと願っていたことは事実だった。それなのに。
濃いコーヒーに口をつけて、篤生はそっと吐き出した。
「……悪いことしたな」
そんなあっさりとした言葉で片付けていいことではないはずなのに、それ以外にうまく表現できる気もしない。
ひとつはっきりしていることがあるとすれば、それは。あの夜に見た準平の顔が、しこりとなって大きく胸に残っているということだけだった。
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