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「え、いや、大丈夫じゃないですよね?」
ちょっと、と野沢が人を呼ぼうとする。そんな大袈裟な話じゃない。大丈夫。
そう言いたいのに、急速に浅くなる呼吸で言葉が出なかった。この息苦しさを、喉を締められるような感覚を、篤生は知っている。たった一度だけれど、経験したことがあった。
――これ……。
自分に向けられる強いグレア。見下ろしてくる冷たい瞳。ずっと胸に秘めていたものを無理やり曝け出そうとする、暴力的なコマンド。
――でも、あれは、不可抗力で。
必死に言い聞かせる。あれは、事故だ。思春期の、ダイナミクス値の高い子どもに起こりがちな事故。
そうわかっているから、再会してからも怖いなどと思ったことはなかったはずだ。
このあいだも、最低限、対処はできた。準平は、一夏とは違う。
そのはずなのに、なぜか、今、篤生の思考のほとんどを占拠しているのは、今しがた感じたDomのグレアでも、夢に出るようになった一夏でもない。もうひとつの過去の――なかったことにしたはずの記憶だった。
「っ、……は、…」
暑いわけでもないのに、汗がぽつりと落ちる。懸命に感情を整えようとする思考に分け入るように響いたのは、カウンセラーの声だった。
――なにか、心当たりはありますか?
ないわけがない。でも。相反する心で、篤生はぐっと手を握り締めた。
――認めたく、ない。
その感情が、ぶわりと大きくなる。そうだ、認めたくない。だって、認めたら、きっと準平を傷つける。
いまさらだと誰に呆れられようとも、それだけは嫌だったのた。
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