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8.大好きな人
子どものころの自分の、神様のような人だった。
兄と比べることなく、自分を自分として認識してくれた、たったひとり。
誰よりも一番、大好きな人。
廊下から見上げるリビングの扉は、幼い準平にとって、なによりも分厚く、けれど、手を伸ばしたくてたまらないものだった。
だから、開けたら兄にあとで怒られるとわかっていても、そっと今日も扉を押してしまう。漏れ聞こえていた声が一層大きくなって、いいなぁ、と思う。
いいな。同じ家に住んでいる兄弟のはずなのに、自分にはめったに向けられることのない優しい兄の声。優しくて、楽しそうで。それで、兄がそういう声を出しているとき、一緒にいるのは、いつも同じ人なのだ。
兄と同じ年の、兄の幼馴染み。その人のことが、準平は好きだった。
「あれ、準」
廊下から覗いていた自分の存在に気がついたらしい。その人がぱっと屈託のない笑みを向ける。
「どうしたの。そんなとこで見てないで、こっちおいで」
「でも……」
躊躇を隠せず、ちら、と彼の隣にいる兄を窺う。
その視線を受けて、兄が苦笑を浮かべた。準平が苦手な、一見優しそうなのに、どこか冷たい瞳。その目が、自分から逸れて彼のほうに動く。
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