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「なに、篤生。俺より準平のほうがいいの?」
「なに言ってんだよ。どっちがいいとかあるわけないだろ」
ごくごく当然と、彼が言う。
「一夏は一夏で、準は準なんだから」
改めて向けられた笑顔に、じわりと心があたたかくなる。彼といると、いつもそうだ。だから、――自分が邪魔をしているとわかっていても、扉を開けることをやめることはできなかった。
年下である自分に構ってくれる、彼の優しさに甘えていた。
不満げな兄の表情に、きっと彼は気がついていない。兄の外面はいつだって完璧で、誰にでも平等に優しい優秀な存在だったから。弟である自分の前以外では。
そんな兄のことを、幼馴染みである彼が好いていることも、幼心に準平は知っていた。それでも、彼は、平凡な存在である自分にも隔てなく優しかったから。だから。
「ほら、準」
おいで、と差し伸べられる手が、分け隔てなく向けられる穏やかな笑顔が。
あのころの俺にとって、どれだけ救いだったのかなんて、きっとあの人は知らないんだろう。
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