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「でも……階段を上る体験に需要なんてあるとは思えないんですけど」
「世の中には時間をとれなかったり、社会的立場を考慮してなどの理由から、やりたいことを自由にできない人がたくさんいる。世の中、すべての人間が大学生のように身軽な存在ではないからな。金はあるが不自由な人たち――それが我々の顧客だ」
さりげに中傷され、僕はむっと眉をひそめる。
階段くらい自分で上ればいい話でしょうに——そう呟いた僕をイスルギは見下ろした。
「まさかそこらの階段を上って終わりだとでも思っているのかね?」
真顔で切り返され、僕は言葉を途切れさせた。
「……ただの階段じゃないんですか?」
「誰がそんなことを言った?」
そうだひとつ言い忘れていたな――イスルギは脚を組み替えた。
「弊社は顧客のニーズに合わせて様々な種類の体験を蒐集しているわけだが――私が担当している分野は『怪』に関する体験だ」
「怪……?」
イスルギは頷いてみせると、おもむろに僕の手を取った。測定装置を握らせる。
「この測定装置は、外しているときは何も記録しない。だから持っていても仕事時間以外の私生活は覗けない仕様になっているから安心したまえ。では明日の二時に君の家にタクシーを向かわせるから」
「待ってください、まだ受けるとは……」
金が欲しいんだろう――イスルギは僕を見据えた。
「階段を一階分上るだけで一万円だ。こんな美味しい話を蹴るのかね?」
僕は思わず黙り込む。
それにしても――怪に関する体験って何だ。詳細を聞けば聞くほど胡散臭さが増すのはどうゆうことなのだ。
「不安そうな顔だなあ。なあに、ちょっと怖いことを体験するだけの簡単なお仕事だよ」
イスルギはうっすらと笑った。
怪しげなネット広告のような言い回しである。
それと、とイスルギは立ち上がりしなに僕を見下ろした。
「迎えに行くのは昼の二時じゃない。深夜二時だから間違えないようにな」
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