180人が本棚に入れています
本棚に追加
/199ページ
*
駅を出ると、景色は夕焼けの濃いオレンジ一色に染まっていた。
ただ、そこは大学の最寄り駅前ではなく、まったく見知らぬ場所だった。どこか鄙びた駅前商店街が広がっているはずなのに、整然とした街並みが広がっていたのだ。
視界に映る、焦点の合わない道路標識に目を凝らす。——都営地下鉄光が丘駅。
(は? 地下鉄?)
先程まで普通に地上のホームにいたはずである。目の前は海で普通ではなかったのだが――とにかく地下鉄ではなかった。
間宮はまったく疑問に思ってないようだった。帰路を急ぐあまりそれどころでないのかもしれない。
だがそこは間宮にとってはよく見知った場所のようだった。迷いない足取りで歩道を駆けてゆく。
(あれ、そういえばしょうちゃんは――)
いつの間にか一人だった。夢あるあるである。
俺は、彼がいないことに酷く不安を抱いた。
一方で、間宮の意識からはしょうちゃんはすっかり消えているようだった。その胸中は、恐怖にも似た切迫感に押しつぶされそうになっていた。
早く、早く帰らないと間に合わなくなる——。激しくそう思いながらも、家に帰ることへの尋常でない怯えを感じていた。
早く帰らなきゃだけど怒られるから帰りたくない。そういった子供じみた葛藤なんかじゃない。
帰らなければ恐ろしいことが起ってしまうのに、帰ってしまったら終わりが来るように思う。——家で、一体何が待っているというのだ?
その時、車道を挟んだ向かいの歩道に立つ一人の男に目がとまった。
男は一見背景に紛れているようで、ものすごく浮いていた。それぞれ往来している夢の登場人物たちの中で、一人、こっちをむいて突っ立っているのだ。
焦点があってないので暈やけてよく認識できないが、三十代か四十代くらいの、汚らしい格好をした男だった。無精髭を生やし、白髪まじりの髪もぼさぼさで、緑がかったグレーの作業着を着ている。
最初のコメントを投稿しよう!