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(……殺される……)
だが、男が真向かったのは隣の男性のマネキンだった。ワイシャツの襟を掴み、そのプラスチックの首にナイフを突き立てた。
すっと刃が入るさまを、俺は信じられない思いで見入った。マネキンの足首を掴んだとき、ものすごく硬かったのだ。とてもナイフでなど刃が立たないほどに。
男はざくざくと頸部にナイフを突き立ててゆき、やがて首がごとんと床に落ちた。
間宮はまばたきすらせず、それを見つめていた。恐怖に呼吸があがり、肺も心臓も爆発しそうだった。
男はのろのろとした動作でテーブルをまわり、向かいの席に座った女の子のマネキンの髪を掴んだ。淡々とした所作で、首にナイフの刃を押し込む。
「あ……あ……。おとうさん……おねえちゃん……」
俺は愕然とした。この三体のマネキンは、間宮の家族を暗示しているのか?
(まさかこの状況って……)
間宮は女性のマネキンの足首をつかむ。手も足も震え、ろくに力など入らないというのにそれでも引っ張ってゆこうとする。
(馬鹿野郎、そんなもん放って逃げろよ‼︎)
体を乗っ取れたら——これほど思ったことはない。夢の中で助けることができたとしても、家族の死がなかったことになりはしないのに。
女の子のマネキンの頭が切り落とされ、小さく床で跳ねて転がった。
男は振り向いた。その目の果てしない闇に総毛立つ。
「だめ‼︎」
間宮は女性のマネキンに縋りついた。
「お……おかあさんだけは……」
間宮はがくがくと震えながら、涙目で男を見上げた。
そこで俺は、間宮の怖れはこの男に向けられたものではないと気づいた。むしろ間宮は、男に同情していたのだ。
では——間宮は何に対して怯えているのか。
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