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 階段を一階ぶんのぼるだけで一万円もらえるというアルバイトを、学部が同じというだけで一度も話したことのない()()(はし)に紹介された時。  あまりにも怪しすぎると思った。  三ツ橋がやたら交友関係が広いことを知っていた。大学構内で見かけるたびに違う集団とつるんでいるし、講義もバイトだかイベントだかでしょっちゅういない。そもそも彼は地味で友達のいない自分とはまったく別世界の住人である。どの集団でも中心にいて、大衆に埋没しながら生きている僕にとっては近寄りがたい存在でもあった。  そんな彼が、どうして僕なんかに声を掛けたのか。  謎すぎるアルバイトの内容もさることながら、そっちのほうが気になった。  僕のあからさまに不審げな視線にもまったくめげず、三ツ橋は「とりあえず話だけでも聞きにきなよ」と講義後、半ば強引に大学から連れ出されたのだった。  ――そして今に至る。  現在、そのバイト先の事務所に向かう道中である。  電車の吊り革につかまりながら、僕は隣に立つ三ツ橋にちらと目を馳せた。  ワックスで立たせた明るめのアッシュレッドに染めた髪に、ブルーバティック柄のシャツ。派手である。だが下品には見えず、良い(しな)なのだろうと思われた。スニーカーも高そうだった。  自分の靴の先に視線を落としたまま相槌すらろくに打たない僕に、三ツ橋は中身のない話を延々と、しかもいかにも楽しそうに喋り続けていた。そのコミュニケーション能力とメンタルの強さは(おのの)くばかりだった。これがいつでも人に囲まれている所以(ゆえん)なのだろう。 「……気を使って話さなくってもいいよ。沈黙、別に平気だから」  三ツ橋はぴたりと口を閉ざすと、面食らったように僕を見た。  僕は視線を靴先に戻し、君が好きで喋ってるならいいけどとぼそりと付け加えた。  それから無言になってしまった。  実際、気を使わせていたようだった。  電車を降り、池袋駅の東口を出た。  駅周辺はオフィス街で、まわりはサラリーマンばかりだった。  この時間帯、私服の大学生の場違い感は半端ない。そんな中を三ツ橋は慣れた足取りで進んでゆく。  やがてありふれたテナントビルの前に着いた。一見つるりとしていてきれいだが、古そうな建物である。  三ツ橋についてエントランスに入り、そのままエレベーターに乗った。
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