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イスルギは一度奥のドアに引っ込むと、バインダーファイル――これまた黒の――を手に戻ってきた。そして正面のソファーに座り、僕を見据えた。
「まずは仕事に関することは全て秘密厳守だ。できるかな?」
口調は丁寧であったが、なんだか圧がすごい。僕は居心地の悪さを感じながらも「はい」と答えた。
「よろしい。一番の条件は口が堅いことだ。あとは――」
体力があること、と言いながらイスルギはおもむろに立ち上がった。テーブル越しに手を伸ばし、いきなり腕をつかんできた。
「細身だが、重いものは持てるのかな?」
僕はぎょっとし、とっさにその手を振り払った。
「初対面の人、触るもんじゃないっすよ」
三ツ橋が苦笑気味に言った。イスルギは「そうなのか?」と納得できないように眉をひそめる。
変な人だ。――直感で思った。この仕事、断ったほうが良いと。
「重いものは持てません。体力もないです。あの、申し訳ないんですがやっぱり――」
「だが正直だ。採用」
僕の言葉を切り捨てるようにイスルギは言った。
「ちょっと待ってください、僕――」
「いやあ、助かったよ。いい子を見つけてくれて」
僕を無視し、イスルギは三ツ橋に向き直った。
約束の紹介料だ――イスルギはジャケットの内ポケットから高価そうな財布を出し、万札を五枚抜いて三ツ橋に渡した。
唖然とした。こっちの報酬は一万円なのに、ただ紹介しただけの三ツ橋が五万円とはどうゆうわけなのだ。
「三ツ橋くん。君はもういいよ。また連絡する」
三ツ橋は「まいど」と猫のように目を細めて笑うと、ソファーから立ち上がった。
「じゃあな、間宮。詳しいことはイスルギさんに聞いて」
「ちょっと待てよ、三ツ橋――」
腰を上げかけた僕に、イスルギは「座りたまえ」と低く言った。
その隙に三ツ橋はガラスドアから出て行ってしまった。
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