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イスルギは僕の心中などまったく意に介した様子なく、淡々と質問を続けた。
「では親兄弟親類は皆無なんだな? ああ、叔父さんがいるのか。まあでも身寄りはないようなものか」
天涯孤独であることを、念を押して確認するような訊き方だった。
――そこでふと、違和感に襲われた。
(……なぜそんなことを聞く?)
僕はごくりと生唾を飲む。
「……肉親がいないことが、今回のバイトに関係があるんですか?」
「いやちょっと確認しただけだ」
イスルギはファイルを閉じた。
(身寄りがいない方が、都合がいい仕事なのか?)
僕は警戒もあらわにイスルギを上目遣いでじっと見据えた。
「……階段を上るだけで一万円もらえるって聞いてるんですけど」
その通りだよとイスルギはソファーにもたれ、鷹揚に足を組んだ。
「君の階段を上る体験を買いたいんだ。本当は十倍出してもいいくらいだが。あまり報酬が高すぎるとほら、怪しいだろう」
すでにじゅうぶんに怪しい。
「だだ一つ条件があって――仕事の際にはこれをつけてもらいたい」
イスルギがジャケットのポケットから引き出したものに、僕は眉をひそめた。
「……腕時計ですか?」
「腕時計型測定装置だ。高機能なアップルウォッチのようなものだな。あれには時計や通話機能の他に健康管理機能があるだろう。心拍数、睡眠時間、運動時間等を記録することができる。だがこれは――」
イスルギは測定装置をガラステーブルに置くと、僕に目を向けた。
「血流動態反応を測定する。つまり体験を記録することができるんだ」
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