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「……SFの話ですか?」
「フィクションではない。実際、米カリフォルニア大学の科学者らがfMRI装置を使って視覚情報の映像化に成功している。この技術を使って再現された被験者の脳内イメージを人工知能を使って補填し、より最適化された視覚映像として再構築して出力する。この技術を脳情報デコーディングという。――つまり、人間の脳内の映像を再現して、他の人も見られるようにできるんだ」
ぽかんとする僕に、イスルギは「それだけじゃない」とバインダーファイルの角を僕の眼前に突きつけた。
「脳情報デコーディング技術を応用し、実際に見たものだけでなく、心の中でイメージした内容――つまり、脳内だけの存在しない映像をデジタルイメージとして再現することも可能だ。つまり、夢や妄想、幻覚などの映像化だ」
そう言いながら、イスルギはガラステーブルの上の測定装置を、僕の前にずいっと押しだした。
「これはfMRI装置と同じような……いやはるかに性能の高い測定装置だ。手首から血流動態反応——つまり人間の脳活動を測り、脳内イメージを記録する。五感のすべてと感情までも含めた、まるごとの体験をだ」
ビデオカメラなぞ足元にも及ばないだろう、とイスルギは目を細めた。
僕はその一見腕時計にしかみえない物に視線を落とし、いぶかしげに視線をあげた。
「……人の体験なんて、一体何に使うんですか?」
売るんだよ、とイスルギは言った。
「仮想現実という言葉を聞いたことはないかな? 命の危険なくスリリングな体験をしたい、家庭の暖かみを味わいたい、性的な快楽を得たい——また異性になってみたい、子供に戻りたいといった今世では決して叶わぬ欲望も、仮想空間に個人の体験データを利用することで、まるで本人に成り代わったようなリアルな疑似体験を楽しむことができる。もし君のデータを使ったなら、高齢者でも女性でも、障がいを持っていても、健康な二十歳の青年の人生の一時をそのまま追体験できるというわけだ」
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