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「青砥くんは赤色が好きなの?」  職員室に向かうための渡り廊下で夕焼けに目を奪われていると、白井さんは抑揚のない声で尋ねた。校舎四階にあるこの場所は人気(ひとけ)がなく静かだ。  あの日から僕はたまに白井さんを手伝うようになった。手伝いを重ねるたびに花が開くようにゆっくりと彼女は心を開いてくれ、今では言葉数もずいぶん増えた。 「よくわかったね。夕焼けはオレンジなのに」 「だってほら」  白井さんはプリントの束を抱えたまま下を指差した。  彼女の細い指先を目で辿ると、僕たち二人の足元が映る。学校指定の白ソックスと、校則違反の赤ソックス。 「先生に怒られてたでしょ。靴下は白にしなさいって」 「よく見てるなあ。靴下の色くらい好きなのでいいだろ」 「うん、いいと思う。青砥くんはなんで赤が好きなの?」 「なんでって、好きなものに理由なんかないよ」 「そっか。羨ましい」  彼女はそう言ってから僕の隣で同じように夕焼け空を眺める。赤色好きの青砥くん、と小さく呟いた。何を考えてるのかよくわからない。 「羨ましいなら、白井さんも好きな色の靴下履けばいいのに」 「んー、それは難しいかな」 「まあ校則破るのは後ろめたいか」  何でも願いごとを叶えてくれると噂の真っ黒髪の白井さんは、典型的な『頼まれたら断れないタイプ』だった。  いつも自分の苦労より相手の都合を優先させてしまう。それは彼女の優しさ故だが、少し行き過ぎているような気もした。  さっき「なんで教室では喋らないの」と訊いたときも「私が喋るとみんなの空気が悪くなるから」と答えていたくらいだ。 「それもあるけど、そもそも問題」  ふわりと風が吹いた。  糸のような彼女の黒い髪が揺れるようになびいて、風の柔らかさを教えてくれる。 「私、好きな色無いから」  白井さんのきめの細かい真っ白な肌が夕焼け色に染められている。  自分の色が無い彼女は、そんな風に周りの色に染められてきたのだろうか。 「私には校則を破る勇気もお気に入りの色もない。だから君が羨ましい」   彼女の表情はやはり変わらない。けれど白井さんの纏う空気はどこか物憂げだ。  おかしいよな、と口を開く。でも真っ直ぐそれを伝えるのは気恥ずかしくて、僕は言葉をすり替えた。  それは二つ目の願いごとだった。 「じゃあ僕になってみる?」  白井さんはこちらを見る。  少しだけ空気が変わった気がした。
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