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「アブラスクナメヤサイマシマシカラメニンニク」 「え、呪文?」 「繰り返してみて」 「えっと……アブラカタブラ」 「本物唱えるな」  どん、と重たい音がして大きな丼が僕たちの前に置かれた。  白井さんはただじっと湯気の立つそれを見つめている。ラーメンを頼んだのに麺が見えないほど野菜と肉が盛られている光景に呆気に取られているのだろう。 「すごい。こんなヘビーな食べ物はじめて」 「なんか白井さんってカタカナ似合わないね」  僕になってみる?  そうは言ったものの「どうやって?」と訊かれても何も答えられず、ひとまず僕は緑川とよく行く二郎系ラーメン屋に白井さんを連れていくことにした。僕の好きなものを知ることは僕になる第一歩だ。  にしてもこの店のチョイスは間違いだったかもしれないと思い至ったのは食券を購入した直後だった。 「いただきます」  白井さんはしばらくスープに浮かぶ肉と野菜の島を眺めてから箸を取った。店の雰囲気に似つかわしくない優雅な所作で極太麺をすする。どうやったらその小さな口でスープ一滴飛ばさずにすすれるのかわからない。  麺を飲み込んでから、彼女はこちらを見て小さく頷いた。  その直後なにかに気付いたように「あ」と呟く。 「おいしいね、これ」  それだけ言って白井さんはまたラーメンに向き直った。  普段静かに過ごす彼女は動作で感情を伝える癖がついているらしい。わざわざ言い直したのは、僕のお願いを思い出したからだろう。なんだか嬉しい。 「ごちそうさまでした」 「まさか完食するとは思わなかったよ」  店を出た白井さんは相変わらず余裕の無表情だった。僕は破裂寸前の腹をさする。 「青砥くんっていつもこういうの食べてるんだ」 「いつもじゃないよ。こんなの毎日食べたら人の形を保っていられない」 「そんな恐ろしいものだったのね」  夕陽は完全に沈み、暗闇に浮かんだ彼女の頬はほんのり上気して赤らんでいる。脂で艶やかな唇で「でも、これ中々いいかも」と白井さんは呟いた。  僕は首を傾げる。白井さんは僕の目を見た。彼女は瞳の色まで深い漆黒だ。 「少しだけ青砥くんに近づけた気がする」  それがいいことなのか僕にはわからなかったが白井さんはなんだか楽しそうだ。  それだけで十分な気がした。
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