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 今日の教室はやけに騒がしかった。  いや先程までは普通だった。しかし僕が教室に入った瞬間、ざわめきが増したのだ。 「青砥くん」 「え」  違和感を覚えながらも教室に足を踏み入れたところで、急に目の前に白井さんが現れた。  けれど僕が驚いたのは不意に彼女が現れたことでも、腹話術を使わず普通に喋りかけてきたことでもない。  白井さんの顔が今までにないくらい青ざめていて、その両瞳には大きな涙が浮かんでいたからだ。 「──ごめんなさい」  彼女は僕の横を通り過ぎて教室を出ていく。僕の目は反射的に白井さんの背中を追っていたが、状況は全く理解できていなかった。  ただ呆然と立ち尽くしていると、視界の端から緑川が姿を現す。彼はこの騒々しさの答えを教えてくれた。 「なあ青砥、おまえ白井さんと付き合ってるのか?」 「は?」  予想外の台詞に僕は言葉を失う。  僕の反応は予想がついていたようで緑川は「やっぱりな」とため息をついた。 「噂になってるぞ。おまえと白井さんが付き合ってるって」 「いやそれ何かの間違いだろ」 「二人で大盛ラーメンチャレンジしてたって噂が」 「何も間違ってなかったわ」  いや正確には間違ってるけど、あらすじは合っていた。  昨日は一応店内にうちの生徒がいないことは確認していたのに、帰りに彼女を送っていくところでも見られたのだろうか。  けどなんで白井さんは泣いてたんだ?  僕の疑問を察して「俺も聞いた話だが」と緑川は口を開く。 「どうやら噂を聞いたやつがさっき白井さんに直接突撃したらしい。付き合ってるのは本当かって何度も訊いて、白井さんは何も言わず首を横に振ってたらしいんだが、それが相手の(かん)に障ったみたいでな」  あえて緑川はその先を言わなかったが想像はつく。  僕は沈黙をもって先を促した。緑川は口を開く。 「白井と付き合うとか趣味悪いね、って言われたんだと」  ぶわっと全身の皮膚が泡立つのを感じた。 「……誰だよそいつ」 「言わない。殴る気だろ」 「大丈夫。地獄を見せるだけだ」 「落ち着け。今は地獄観光させてる場合じゃない。いいか、白井さんはこの程度のこと言われ慣れてるはずなんだ」  楽しい話じゃないが、と緑川は続ける。   「白井さんにはいろんな噂があるんだ。本当か嘘かなんてお構いなしでな。この狭い学校で、それがひとつも本人に伝わってないはずがない。けど白井さんは毎日学校に来てた。きっと強い人なんだろう。だから俺は白井さんがあんな軽い言葉で出ていくとは思わなかった」 「じゃあなんで」 「白井さんは自分じゃなく、おまえが貶められたと思ったんじゃないか」  彼が言わんとしていることにようやく思い至る。そういう人間だと僕は知っていた。  彼女はいつも自分よりも相手を最優先させるのだ。 「──早退する」  僕は教室を飛び出す。  背中の向こうで、緑川が何か言っている声とチャイムの音が聞こえた。
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