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「……わかった。そこまで言うならもう僕に近づかなくていい」
僕は扉越しの彼女に声をかける。これが最後の会話になるかもしれない。それなら言いたいことは全部言っておこうと思った。
学校中が噂する『真っ黒髪の白井さん』。彼女が自ら進んでそうあろうとするなら、僕もそれを邪魔するつもりはない。
「これから僕と話さなくていいし、目も合わせなくていい。僕と関わったことを『失敗』って言ったのも許してやる」
けれどあの日、彼女は僕に歩み寄った。
たった一歩でも近づいてくれたぶんだけ、僕には彼女のことがよく見えてしまった。
だから願わずにはいられなかった。
「その代わり、これだけは絶対叶えてほしい」
僕は扉の向こう側へ切実に望む。あのとき照れくさくなってすり替えた二つ目の願いごとを今度は正しく口にする。
いつも静かにそこにいて、願いごとを言えばなんでも叶えてくれるクラスメイト。
他人の都合ばかり考えて、自分の苦労を一切省みない、人一倍優しい女の子。
真っ黒髪の白井さん。
僕は、君に僕になってほしいんじゃない。
「君に幸せになってほしいんだ、白井さん」
気付いてほしい。こういう形もあるんだって。
君が楽しそうだったとき、僕は結構嬉しかったんだからさ。
──こん、と。
何かがドアの内側にぶつかった音がした。固い扉が少しだけ揺れたようにも見えた。
それからしばらくして、返ってきたのはただ一言。
「わかった」と小さく震えた言葉だった。
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