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日本人形というものをご存じだろうか。
有名なのは、桃の節句に飾られる雛人形。もしくは怪談でよくある、古い旅館に置かれた髪が伸び続ける人形か。どちらかといえば今回は後者のほうがイメージに近い。
その日本人形を人間サイズに拡大して、女子高生にしたものを想像してほしい。
「おはよう、青砥くん」
僕が自分の席に鞄を置くと、左隣から声が聞こえた。
その声は周りにいるクラスメイトには聞こえないほどの囁き声だ。気を遣っているのだろう。
「今日はいい天気だね。でも私はこの晴天、見抜いてたよ。だって昨日の夕焼けすごく綺麗だったから。天気は西から東に移動する。夕焼けが綺麗に見えるってことは、西の空が晴れてるってことだからね。知ってた? これね、昔小学校の図書室にあった『空のご機嫌』っていう本で読んだの。残念ながら今は廃盤になっちゃったらしいけどね。でもその本に記されていた感動は私の心に永遠に残り続けていくよ」
「囁き声でめちゃくちゃ喋るな」
彼女が気を遣っていたのは音量だけではない。
彼女は話している間、ちらりともこちらを見ず、そのうえ唇すらほとんど動いていなかった。どうやら教室内で違和感なく僕と会話するために腹話術を習得したらしい。
僕からすれば、まるで人形から録音された音声が流れているようでかなり不気味だ。
「だって、青砥くんが願ったんだよ」
「そうだけどさ」
僕は苦笑する。本当に彼女は誰にでも優しすぎると思う。
自分の席に座って、ちらりと左隣の彼女を眺めた。
「……まあいいか」
垂直に下へと落ちる漆黒の長髪。
眉の高さに切り揃えられた前髪。
光も滑る、きめ細やかな白い肌。
「おはよう、白井さん」
──それが『真っ黒髪の白井さん』だ。
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