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「あら、掛井さん。フェアの相談は明日じゃなかった?」
担当の安田さんが対応すると、彼はぺこりと頭を下げてからテーブルに近づき、紙袋を前に掲げた。
「近くまで来たので、皆さんに差し入れをと思いまして。年明けに発売される、我が社の新商品です」
皆の目がきらきらと輝く。
楓屋の新作和菓子といえば、発売されるたびメディアに取り上げられるような、話題の一品である。一足早く味わえるのは、ハリヨ商事が主要取引先であるがゆえの特権だ。
「わあ、嬉しい~。いいんですか!?」
「はい。ぜひ召し上がってください。そして、どんどん宣伝していただけるとありがたいです」
「なあんだ、それが目的かあ」
安田さんが冗談めかすと、笑いが起きた。
掛井さんもにこにこしながら、紙袋から小箱を取り出し、一人一人に配りはじめる。金箔があしらわれた美しい小箱だ。
「夏目さんも、どうぞ。おいしいですよ」
「あ、ありがとうございます」
受け取るとき、指先が少し触れた。またしてもドキッとするが、なんとか平静を装う。
「私、お茶を淹れてきますね」
休憩室を出て、廊下の向こうにある給湯室に移動した。
(掛井さん、今日もほんわかしてた……)
茶葉を入れた急須にポットのお湯を注ぎつつ、陽だまりのような微笑みを思い出す。
楓屋の掛井春太さん。
穏やかで優しくて、のんびりした雰囲気が彼の持ち味。私の社会人生活および職場の人間関係において、あれほど癒される人はいない。
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