絶望に染まった心を彩るものは

1/5
前へ
/5ページ
次へ
 小さな頃から色が好きだった。でもそれに気づいたのは最近のことだ。  いとこのお姉さんの赤色のネイル。  親戚の家に飾られていた絵画に描かれたトラの黄色。  ネギの緑色。  立ち止まって振り返ってみれば、私にも好きなものがあった。  自分と向き合って、好きなことを見つけておけばよかった。  それなのに、進学先を決めるときにも、就活でも、私には何もないと思った。  私なんて、「真っ黒で何色にも染まれない」と思っていた。  将来を考えるたびに落ち込んだ。  できることなんてない。やりたいこともない。  行きたい場所もない。会いたい人もいない。    心の中に黒い何か、嫉妬や劣等感を溜めこみながら、何となく過ごしていたら、いつの間にか大学の卒業が近づいていた。  周りに流されて就活をしてみたものの、意欲のない私を採用しようという会社はなかった。  そのまま大学生という身分を卒業し、何者でもなくなった私は時間をもてあました。  「人嫌いの人に向いている仕事」「一人で黙々とできる仕事」といったキーワードで検索して出てきた仕事の一覧を眺めて何となく経理の仕事を選んだ。  簿記の勉強をして資格を取り、それをアピールすることで何とか会社に採用してもらうことができた。  しかし、私には仕事を続ける才能がなかったようだ。  一日中、気を張って何とか仕事をこなす。休日は、必要に迫られて業務関連の勉強をするか、寝続けるかのどちらかだった。  1年間、我ながらよく続いたものだと思った矢先、後輩が入って来て教育係に任命された。  私に務まるはずがないとわかっていたのに、断る勇気がなくて引き受けてしまった。  自分のことに加えて、後輩のことを考える日々。  仕事量は3倍になった気分だった。それなのに、勤務時間を3倍にすることはできない。  心身の疲労は溜まる一方で、頭の中に綿が詰まったみたいに思考がまとまらなくなっていった。  そして判明した大量のミス。  後輩に任せた仕事は当然のことながら、自分の仕事にもミスがたくさんあった。  原因は明白だ。説明不足、確認不足、注意力散漫。  全部、私のせい。  不安や焦りでいっぱいだった私の心は、からっぽになった。  もう何も感じない。  淡々と後輩と自分のミスを修正し、部長からの叱責を聞いた。  夏の終わりの頃だった。  なんでミスをしたのだろう。なんで早く気付かなかったのだろう。  なんでうまく後輩の教育ができなかったのだろう。  ……そもそも、どうして引き受けたのだろう。  疲れ切った私は、せっかく入れてくれた初めての会社を辞めた。  私には、それなりの貯金と絶望が残った。  会社から数駅のところで借りているワンルームに引きこもった。  少しずつほこりがたまっていく部屋は、黙って私を包み込んでくれた。  転職支援サイトを眺め、上位資格の勉強をしようとしたが、まったく集中できなかった。  数週間経った頃、父親から着信があった。話したくなくて無視していたら、留守電にメッセージが入っていた。 『仕事を辞めたと聞いたがこれからどうするんだ? 折り返しするように』  実家にいる弟にメールで、『しばらくそっとしておいてほしい』と親に伝えてくれるようにお願いして、その後も何度かあった着信をすべて無視した。  外に出れば、すれ違う人みんなが自分を邪魔だと思っているように感じた。  カップ麺や冷凍食品など、簡単に食べられる食料を持てるだけ買って、部屋から出るのをやめた。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加