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翌夕。ケインが寝惚けまなこで仮眠室から出てくると、自席で突っ伏したクラリアが視線だけを彼に向けてきた。相当に疲労しているのだろう、生真面目な彼女のそのような姿を見るなど滅多にない。
「おはようクラリア殿。首尾はどうだい?」
「おはようございます……どうにか、ご要望の調査は終わりましたよ。関係各所散々回って現地確認も済んでます」
「いやあご苦労様。助かるよ」
彼は冷めたコーヒーをカップに注ぐと差し出された書類を受け取って自分の執務机に広げる。
「染色師ヴィダン・ケロニア。独身で同居人も無し。中流街の一角に屋敷を構えるも最近下流街に倉庫として土地と建物を購入。半年前に中流街のなかで転居もしてるのか。なるほどねえ」
満足げにひとり頷く彼の様子が腑に落ちないのはクラリアのほうだ。
「それで、結局どういうことなんです? この男の名前は容疑者の一覧にありませんけど」
苦労したのだからそれなりの成果があったと信じたい。それを確認したいのは人間のサガというものだろう。
「僕だってヴィダンがこの件の犯人かどうかまではまだわからないよ。ただ昨日置いてってくれた夜食に被せてあった手巾あったでしょ。あれ、今流行りのやつだよね」
「ええ、まあ」
「あの染色にちょっと良くない材料が使われてるって気付いちゃってさ」
「良くない材料?」
「そそ。まあ入手方法を考慮しないなら材料として違法とまでは言えないんだけどねえ……人間の血」
「は!?」
クラリアが目を丸くして勢いよく起き上がった。
「それにあの色が流行り出したのって二ヶ月くらい前じゃなかったっけ。事件が始まった時期にほど近いと思わないかい?」
「言われてみれば……確かに」
「それに倉庫を買ったのも事件が始まる少し前だ。転居も同時期だね。上流街には元々所有していた倉庫がある。まあもちろんただの偶然かもしれない。根拠なんてないよ。ただ並べてみるとずいぶん良く出来てると思わないかい?」
「そう、ですね……でもどうして下流街に倉庫を買ってると思ったんですか」
そこまでは気持ちよく語っていたケインだったが、ふと神妙な顔になる。
「これはまだ僕の憶測というか、妄想の域を出ない話だからナイショにしとくよ。まあこの調子だとあながち間違ってもなさそうだけど」
「もったいぶりますね」
「まあまあ。それについては今夜のうちにちゃんと確認してくるから、明日には話すよ」
「今から行くんですか?」
ケインは空になったカップを置いて代わりに黒塗りの半面兜を被ってニヤリと笑う。
「もちろん、ここからは僕の時間だからね。今日はもう帰って英気を養ってて。明日も忙しくなるかもしれないからさ。それじゃ!」
軽快な足取りで出ていく彼を見送ってクラリアは深い溜息を吐いた。
「ええ? 明日も?」
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