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深夜のうちに上流街にある貴族の屋敷へと娘を送り届けたケインは、彼女の家族の熱烈な歓待を受ける前に早々と引き返すと騎士団正規の鎧に着替えて兵士詰め所に人員を手配した。
翌日早朝クラリアが来ると同時にヴィダンの屋敷へ突入し身柄を確保。何人もを誘拐してきた犯罪者も武装した十名近い騎士たちに踏み込まれてはなす術も無い。
屋敷の片隅には倉庫と同様の地下道へ繋がる抜け穴があり、把握していた残り五名以外にも複数の遺体が見つかったことから騎士団では余罪の取り調べを行っている。
「という顛末になったわけさ」
夜勤から続けて昼間も活動していたケインは今にも眠ってしまいそうな目で夜間特別対策室のソファに埋もれた。が、釈然としないのはクラリアだ。
「いえ私は朝一で強制捜査に駆り出されただけで何にもわからないんですけど」
「そだっけ」
「そうなんですよ。結局あの地下道はなんだったんですか?」
「ああ、あれはねえ……この領って百年前にあった他の領が滅ぼされて出来たって話は知ってる?」
「“ドルガノブルクの黄泉還り事変”を知らない騎士なんかこの領にはいませんよ。うちもそうですけどここの騎士って大半はそのとき降伏して存えた外様なんですから」
「そ、そっか……」
むしろ自分の代で取り立てられた新参の騎士であるケインが知らなかったのも無理はないが、その事件は少なくともドルガノブルクの権力者の間では今もなお語り継がれる常識だった。気まずい話の振りになってしまったが咳払いひとつして気を取り直す。
「ええと、それでね。そのときに協力してた当時の自警団が掘ってた抜け道があったんだってさ。もう当然使われなくなってたんだけど、どうも偶然ヴィダンが見つけちゃったらしくて」
「……ああ、それで」
調査の結果、地下道は下流街から最終的に城の地下牢にまで繋がっていたらしいのだが、そこを利用する側だったはずの領主も側近たちもその存在を知らなかった。戦乱の最中どさくさで存在が忘れられてしまっていたらしい。
「人間の血を使った染色技術についても似たような時期に見つけたって話だけど……こうやって並べてみると、なんか妙に都合のいい話ばっかりだよね」
「まだ事件は終わりじゃないと?」
「どうかな。まあ僕はとりあえず限界だ……今夜は休暇を取ってるし君も帰ってゆっくりするといいよ。本件の立役者、クラリア・フォン・サンダーソニー殿」
「それ! それですよ! 忘れるところでした! どうして私が第一功労者なんです!?」
「どうしてって、君の気遣いが僕に気付きを与えたのだし、ヴィダンの調査だって君が一番骨を折ったじゃないか」
「でも……」
「それにね、若い子が認められて出世してくれたほうが僕は楽出来てありがたいのさ。じゃあね」
半ば強引に話を打ち切って仮眠室に消えるケインの背を見送って、クラリアは大きく溜息を吐くのだった。
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