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騎士団中央詰め所の一角にある小さな部屋。扉の掛け札には【特別夜間対策室】を意味する文字が刻まれている。
夕暮れは逢魔が刻、陽が沈み切るより前に仮眠室の軋む扉を開いて事務所へと顔を出したのは貧相と言っても良いような細身の中年男だった。
「おはようございますケイン殿。今日はお早いですね」
事務所で書類整理をしていた若い女が視線を向ける。
「ああ、おはようクラリア嬢。今回の件が気になってあんまり眠れなくてさ」
男はあまり手入れされているとは言い難い眼鏡を押し上げてまぶたを揉みながら作り置きの冷めたコーヒーをカップへ注いだ。猫舌の彼は淹れたてのコーヒーを好まない。
「クラリア“殿”ですケイン殿。ひとが見てないとこでも騎士法度はちゃんと守ってください」
【騎士はお互いその身分の上下を問わず敬意を表して接すべし】とは世界共通の規律のひとつだ。しっかり者と評判の若い部下に窘められて上司の彼は肩を竦めた。
「失敬したクラリア殿。それで例の件、なんか新しい情報ある?」
「なんにもありませんよ。ああ、ラティメリア団長から“六人目の行方不明者が出る前には解決出来るよう尽力せよ”とは預かってます」
「そりゃ伝言ありがとさん……って、そう言うなら人員増やして欲しいよね」
「まあ適性の問題もありますからね。日勤者を増やしても仕方ないですし」
【特別夜間対策室】はその名の通り夜に限って発生する事件のうち特に難度の高い案件だけを個別に割り振られる。ゆえに、一部の日勤者を除いて夜間活動に適性のある者が特に選ばれて配属されていた。
と言えば聞こえも良いが、諸々鑑みるに厄介払いの意味合いが強い部署だった。
「そうだねえ」
男はゆるりと相槌を打ってこの話を終えた。自分に比べればまだしもやる気のある彼女が真に受けて本気で増員を陳情したらそれこそロクでもない厄介者を押し付けられかねない。
彼とてこの扱いになにも感じないわけではない。半ば無自覚な苛立ちとコーヒーの薬効ですっかり覚醒したケインは青い瞳を輝かせて不敵に笑う。
「ま、ぼやいてどうなるもんでもなし。僕は見回り行ってくるから君は適当に上っといて! 奥でまだ寝てる子が居るから戸締りは要らないよ! お疲れ様!」
別人のようにハキハキ告げて飛び出していくケインを見送り、クラリアは部屋の掛け札を裏返す。
【日勤者不在】
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