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「ユキちゃん、スノウホワイトを見てもらうんだろ?」
「あ、そう。そうなんだよ。こっち」
シラユキは重尾の手を引っ張って農場の奥に連れていく。その後姿を濱井は微笑ましく見守っている。
農場にはプレハブの倉庫が立っていて、その裏にスノウホワイトの花園があった。つるバラのようにフェンスや竹垣に絡みつき、そこから真っ白な花が雪が降る積もる雪のように咲き誇っていた。
「すごい」
重尾は感嘆した。
花だけではない。むせかえるような甘い香りが一面に広がって、感覚がおぼれてしまう。
「でしょ。この花、ホレさんが種から育てたんだよ」
白い花の前にシラユキが立つ。重尾はシラユキの周りで無数の花がぐるぐる回っているような奇妙な感覚に襲われた。ちらちらと舞い散る花びらが白い雪のように見えて、真ん中に立つシラユキを覆いつくすような幻想におそわれてしまう。
「ホレさんがね、故郷の島から種を持ってきたの。ポケットにいれて、やっとこれだけ持ち出したんだよ」
「ああ、そうなんだ」
やっと答えた。
「スノウホワイトはね、恋人の花なんだって。女の子がこの花を口に入れてキスをしたら、男の子は何でも言うことを聞かなきゃいけないの」
「何でも?」
「そう。町中のチョコレートボンボンを買ってきなさいとか、私のために花を摘んできなさいとか」
「お姫様だね」
「私と結婚しなさいとか」
シラユキはスノウホワイトを一輪口に含んだ。
「私と一緒に死になさいとか」
「それは怖いな」
「そう。だから、男の子は本当に好きな女の子としかキスしちゃダメなのよ。ホレさんがそう言ってた」
重尾は、シラユキの唇に吸い寄せられそうになる。それを辛うじて踏みとどまった。
「ホレさんの故郷は、イスラ・コンティキなのかな」
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