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なんだか、急に、知らないことでいっぱいになってしまった。困惑しているシラユキの様子を、彼は腕組みをしてしばらく眺めていたが、やがて表情を和らげて言った。
「シラユキちゃん。ユキちゃんって呼んでもいい?」
「あ、はい。よくそう呼ばれます」
「じゃ、ユキちゃん。俺は重尾。苗字が重尾で名前が大樹。友達からはシゲって呼ばれることが多いよ」
「・・・シゲ」
「いや、いきなり君からシゲって呼ばれるのはちょっと違う気がする」
「じゃ、なんて呼んだらいいんですか」
「んー。何がいいかな。重尾さん。大樹さん。さん付けはよそよそしいな。重尾君、大貴君。君付けもなんか違うな・・・よし、次に会う時までに考えておこうか」
シラユキの心に、光がともるように「次に会う」という言葉が差し込んできた。
一瞬顔を上げた。重尾と目が合うと、また恥ずかしい気持ちが込み上げてきて目を伏せた。
それから二人はまた、肩を並べて歩いた。重尾はシラユキに質問をする。シラユキはそれに「はい」か沈黙で答える。シラユキには答えられないこと、答えてはいけないことが多すぎた。LINEもスマホも知らないから、連絡先を交換することもできなかった。
質問に答えられないたびに悲しい気持ちになる。
だから、坂道を降り切ってしまったとき、シラユキはほっとため息をついた。
坂道の終点は、海に沿って走る国道に交わる。横断歩道を渡ったら、目の前は海だ。深呼吸すると、新鮮な海の匂いがする。なんだか生き返ったような気持ちだ。
「今日はありがとう。お礼に、あそこのアイスクリーム奢らせて。」
重尾は、テイクアウトのアイスクリーム店を指さした。
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