桐島

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地球熱学研究所では、中田も珍しくスーツに着替えていた。お客の前に出ていくのに、なんちゃって白衣ではまずいからだ。 デスクには、土壌調査の結果を整理して置いている。土壌の成分分析は中田の主な仕事の一つだ。温泉地だから時々思いがけない成分が検出されることがあるが、今回は重金属、残留農薬その他、何一つひっかからない健康な土だった。 結果を確認して、お互いに所定の場所にサインをすれば終了。中田の本日の業務も終わりだ。客が来たらコーヒーでも出そうかとお湯を沸かし始めたところでチャイムが鳴った。 「こんにちは、お世話になります」 玄関先であいさつを交わした。以前、湯府高校の農場にビニールハウスを設置するときも土壌調査に入ったことがあった。その時の窓口も桐島だった。 ずいぶんやつれたな、と中田は思う。 「どうぞ。お入りください」 「失礼します」 桐島を招き入れてからコーヒーを淹れた。 「いい香りだなあ。ありがとうございます。この施設、小学校の旧校舎でしたっけ。レトロな喫茶店みたいですね。」 「ふふふ。研究施設には見えないですよね」 コーヒーを片付けた後、中田は資料を示して問題がなかったことを説明した。 「ご質問などなければ、確認欄に私がサインして終了ですね」 中田が所定の欄に日付と名前を書き込もうとした。その筆跡に桐島はくぎ付けになった。桐島は、中田の手首を思わずつかんでしまった。
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