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どれだけ時間がたっただろうか。玄関のチャイムが鳴った。
濱井だった
「こんちは、所長。いつものお届け物ですよ。ちょっといろいろ立て込んじゃって。遅くなってすみません」
そういうと、大きなフラワーコンテナを担ぎこんできた。中身はいつも同じだ。
箱一杯のスノウ・ホワイト。
「これ、いつもどおり実験室のほうでいいですか」
「あ、いや、今日はここに置いてもらっていい?」
「了解でーす」
「ありがとう」
濱井はフラワーコンテナを壁に立てかけた。
「今日はもう配達終わりました?」
「はい、ここが最後です」
「じゃ、コーヒー付き合ってもらっていいですか?」
「いいですか? ありがとうございます。所長のところでコーヒーいただくのなんかうれしいな」
「ビーカーでいい?」
「ぜんぜん。」
濱井はソファに座ると、ぐーっと背伸びをした。
「配達が多かったの?」
「今日は午後からずっと学校だったんです」
「学校?」
「明日からフラワーフェスでしょ。あれに湯府総合がいっつもプランター出してるんですけど、今年はほら、気の毒なことがあって、準備が間に合わなくなっちゃったみたいで」
「ああ、そうだったね・・」
「だからうちで、お手伝いしたんです。うちの花を学校のプランターに入れて運んできたんです」
「ホレさんの花は素晴らしいもんね」
「でしょ。学校からそのまま来たんですけど、途中で大きい事故があったみたいで巻き込まれちゃって。だいぶ遅れちゃいました。すみません」
「いいよ。特に急ぐ仕事があるわけじゃないし」
「所長は、『スノウ・ホワイト』好きなんですか? いつも大量に注文されるけど。」
「研究用だよ。面白い花だから、改良できたりしないかなって思ってる」
「やっぱそっち方面なんですね。かわいい花だし、遠方からの注文もすごく増えたんですよ。」
「そうなんだ。でもね、かわいい花ほど毒があったりするんだよ」
「え、マジ。それホレさんも言ってたんすよ。きれいなバラにはトゲがあるだけだけど、可憐なスズランには人を殺すくらいの毒があるって」
「はは、うまいこと言うね。いかにもな美女よりも、清楚系のほうが実はヤバかったりするもんね」
「ああ、なんか分かる」
ふふふ、と二人はコーヒー入りのビーカーを傾けながら笑った。
このままずっと話していたい。
何者でもないただの人として、普通の誰かと他愛のない会話をずっと続けていたい。中田はそんなことを考えていた。
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