キステロ

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「そうですかー。友達と会って話すってホント楽しいですもんね。どっかでお茶でも飲みながら話すんですか?」 「ああ、そうなんですよ。話しやすいいい店があるっていうから、僕は行ったことないんですけど、元町通の『branch』って喫茶店なんです」 「元町通りって、観光客に人気がある通りですよね」 「そうそう。地元の人間はあんまりいかないんで、そんな店があるなんて知らなかったんです」 「そっかー。じゃあ、僕、その辺観光がてら散歩でもしてます。都合がいいときに連絡ください」 「分かりました」 そう言って電話が切れた。 「シゲ、元町通り『branch』。検索済みだよ。遠くはないけど一方通行だらけだなこの辺り。それと、駐車場が遠い。信号三つ過ぎたら元町通理に出るからお前をそこで降ろす。見張り場所決めたら連絡しろ」 「オッケー。高橋さんに連絡も頼む」 「了解」 大瀧は重尾を元町通り手前で降ろし、二人はいったん別れた。 元町通は海岸に沿って通っている国道から、油布の観光名所である白絹池へと続く坂道である。白絹池は、地底から噴出した温泉成分が沈殿してできた滑らかな白い泥の池だ。水面が絹のように滑らかだからその名がついている。 その周辺には泥湯の入浴施設や旅館、泥湯パックを使ったエステやお洒落なカフェなどがあり、若い観光客に人気の場所だ。歩行者天国ではないのだが、常に観光客が散策をしていて、車が気軽に入れる場所ではない。 『branch』は元町通の真ん中付近にあった。テラス席もある今どきのカフェだった。重尾は何げなく店の前を通り抜けた。桐島の姿があった。テラス席の隅にいた。『branch』のテラス席には見事な観葉植物が配置されていて店の特色になっている。しかし対象を監視するとなると非常に邪魔だ。常に人通りのある道でから立ち止まるわけにもいかない。仕方がない。向かいのカフェに入ろう。二階席に上がればよく見えるかもしれない。 重尾が入ったカフェは空いていた。二階席から『branch』を見下ろそうとすると、身を乗り出さなければならない。かなり不自然な姿勢になる。重尾はタブレットを取り出した。カフェは出窓になっている。重尾はそこにタブレットを置いて向かいのテラス席にカメラの焦点を合わせた。これならば動画でも視聴しているように見えるだろう。桐島の姿が画面に映った。一人だ。誰かを待っているようだ。 ただの友達ならいいんだけど。
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