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重尾のスマホに着信があった。高橋さんからだ。
「重尾、今すぐ桐島を保護しろ」
「どういうことですか」
「今、交通局の回線から店舗内のカメラも含めて周辺のカメラを全部検索しているが、桐島という人物が座っている席はまったく見えない。配置されてる植木鉢やらパラソルやらで完全に死角になっている。もちろんそんな場所は山ほどあるぞ。だが・・・」
「だが、重なりすぎてる、ですね」
「そうだ。あのような犯行を行うのにうってつけな場所なんだよ」
重尾は高橋と通話しながらもタブレットを注視していた。重尾の心拍数が上がった。
タブレットの中で、今まさに高橋が危惧していた光景が展開されはじめたのだ。テラス席に座ってスマホをいじっている桐島の姿に、女性の後頭部が重なった。見間違うはずもない。何度も繰り返し画像を見た『キステロ女』の後頭部。桐島に向けて顔を寄せていく。驚いた桐島の唇に自分の唇を重ねる横顔が見えた。
シラユキだった。
重尾は席から立ち上がり、出窓からテラス席を直接のぞき込んだ。ぼうぜんと座っている桐島。シラユキは観光客の中に紛れ込もうとしていた。
確保すべきは桐島の安全だった。高橋さんからも指示されていた。しかし、重尾は桐島を残し、シラユキを追いかけてしまった。
だから重尾は見落とした。シラユキが立ち去った後、桐島のテーブルに座った男のことを。男はささやいた。
「中田さんに見せたふた、持ってる?」
桐島はうなずいた。
「あずかっていい?」
桐島はジャケットのポケットから素直にふたを出した
「ありがとう。じゃあ、飛んでくれるかな。元町の横断歩道。あそこから、飛んで」
そういうと、男は静かに席を立った。
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