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奪還
大瀧は歩道橋の上に立ち尽くしていた。
鋭いクラクションの音が響く。遠くまで長い車の列ができていた。緊急車両の音が聞こえている。到着には時間がかかりそうだ。歩道橋の下を覗き込む勇気が出ない。しっかりしろ。俺は警察官だ。事件の現場に居合わせた警察官だぞ。できることは何か。安否の確認?現場の保持?わからない。どう動いたらいいんだ。
クソ、圧倒的経験値の不足だ。しかしここで立ち尽くしていても始まらない。立ち尽くしていたら後悔が押し寄せてくる。もっと強く肩をつかんでいれば、歩道橋の前で確保できていれば。でも今は無駄な思考だ。始末書なり報告書なりを書くときに、存分にすればいいことだ。
「ちょっといいですか」
突然声をかけられた。二人の警察官だった。大瀧が振り向くと同時に1人が背後に回り、挟まれる形となった。
「お伺いしたいことがありまして。今、歩道橋を利用されてる方全員にお声を掛けさせていただいてます」
全員たって、俺だけだろ、と大瀧は思う。
「はい」
しかしプロだな。あくまでも柔らかい口調だが、有無を言わせないすごみがある。
「この歩道橋、よく利用されるんですか」
「いえ」
ここですべてを話してしまうべきだろうか。高橋さんに連絡したい。交通局の職員証を見せたら話を聞いてもらえるだろうか。高橋さんに出てきてもらえれば説明が早いんだけど。
「あの、署に連れて行ってもらっていいですか。話したいことがあります」
「え?」
警察官たちは意表を突かれた感じだった。
「いろいろ落ち着いて話がしたいです。それと、ご遺体の口中をよく調べてください。何か出てくると思います」
「ふむ・・分かった」
大瀧は警察官にはさまれたまま歩き始めた。すでにブルーシートが悲惨な場所を覆い隠していた。緊急車両のサイレンに、耳が麻痺していた。
「お願いします。口の中を・・」
警察官は黙ってうなずいた。
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