視る男

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マドレのきれいな方の顔から、涙が流れた。傷ついた方の顔は血がにじんで、それが涙なのかはよく分からなかった。俺は顔の傷に手を添えた。ほかにできることは何もなかった。 「あの男はね。お前は犬のように死ぬだけだ、って言ったわ。でも私は死んでない。ここにいる人間は誰も死んでない。誰も犬なんかじゃないわ」 マドレの叫ぶような声が恐ろしかった。俺は赤ん坊のシラユキをマドレの胸に押し当てて右手をマドレの背中に回した。もう一度、マドレの顔の傷をなでた。 マドレはシラユキを受け取って、抱いた。 「この子は・・・」 「ニエベスだよ。ブランカ・ニエベス」 「ああ、この子も生きのびたのね。よかった」 そしてマドレは、俺の事も抱き寄せてくれた。腕の優しさも昨日のように覚えている。マドレは、強くて、優しい 俺はそのことを騒乱が起きるずっと前から知っていた。 だって、ずっと見ていたから。 マドレは花に囲まれた窓辺に座っていた。窓は路地に面した背の高い建物の真ん中くらいにあった。俺はシラユキを抱いて、いつもその路地裏にいた。マドレの姿を見るために。 美しい人だ。シラユキを連れてあてどなく街をふらついていて彼女を見たとき、一目で心を奪われた。 マドレが蔑まれる仕事をしていることは、母親の言葉などから何となく知っていた。でも、いつも割れた酒瓶が床に転がっている俺たちの家よりも、マドレの窓辺のほうがずっと美しかった。やがてあの人も俺に気づいた。俺の頭上に花を降らせてくれた。 その花の中には紙に包まれたキャンディや焼き菓子が混じっていた。 「家に持って帰っちゃだめよ。ここで食べて」 道端に転がっていた木箱に座って、シラユキを抱えながら焼き菓子を食べる俺を、楽しそうに見ていた。 「その子はなんて名前なの?」
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