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中田は花を一輪拾い上げて、香りをかいだ。
「僕の学校、夏至祭の祭りは禁止だったんだ。非科学的な遊びは国の未来を担うわが校の生徒にはふさわしくないから」
「エリート養成学校だったものね」
「僕は親のコネさ。ひ弱で勉強もイマイチ。コネで入ったってバレてたから友人との付き合いも浅いものだったよ」
「じゃ、思い出もなし?」
「それがそうでもなかったんだよ」
中田は自分のビーカーにミルクを注いだ。白いミルクの線がゆらゆらとコーヒーの中ににじんでいくのを眺めていた。
「ぜひ聞きたいわね」
「すごく勉強のできる女の子がいたんだ。いつも一番前の席に座ってた。僕の学校はほとんどが上流の裕福な家庭の子なんだけど、その子は下町から奨学金で入学しててね。
ランチタイムではほかの女子たちがカフェテリアでおしゃべりしているのに、教室で持参したお弁当を食べている。口の悪い子たちは、あの子、制服以外の服を持ってないんじゃない?って陰口をたたいていたな。でも本当かもしれない」
「貧乏だったの?」
「うん。一度話しかけたことがあってさ。いつも一番前なんだねって。そしたら、メガネが買えないのって言われた。
すごく強い目をして僕を見返してきた。その時の顔が目に焼き付いちゃって。綺麗だった。それから授業中ずっと見てた。でも、彼女は勉強熱心だから一度も振り返らないんだ。しかたないからひたすら後頭部を見つめてた。いつもきれいに編んだおさげ髪だったよ」
「切ないわね」
「夏至祭の日は、提出物出し忘れてて先生に居残りさせられて、帰りそびれたんだ。外はだんだん盛り上がってくるし、巻き込まれたくないから誰かに迎えに来てもらおうと思ってたら、彼女が教室に入ってきて。びっくりした」
「キスされたの?」
「うん」
「彼女は何て願ったの?」
「ちゃんと勉強しろ」
「え?」
「ちゃんと勉強して一緒の大学に行ってほしいって。あの国には大学二つしかなかったでしょ。人材育成のための大学と、良家の子弟が箔をつけに行くところ。僕はもちろん箔をつけるほうに行くつもりだったけど、そんなんじゃだめって怒られた」
「うふふふ。ユニークな願い事ね」
「でしょ。だから、宿題真面目にやることにしたし、夏休みには家庭教師もお願いしようと思って、父に相談したんだ。そしたら、日本に行けって」
「日本?」
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