故郷

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「まずは日本で見聞を広めてから勉強したほうがいいって言われてさ。パスポートもらって飛行機に乗せられて、あっという間に日本さ」 「お父様は、知っていらしたのね」 「そう。父は、国が侵攻されるのを事前に知ってたんだよ。だから僕だけを日本に送った。父も、兄も、死んだ。学校の友達もみんな。生きているのは僕だけだよ」 「みんなそうよ。私たちは、たった一人だけ生きのびてしまった人間の集まり。幽霊みたいなものね。自分たちが生きるはずだった場所は死んでしまって、その思い出だけで生きている」 「それをもうすぐ終わりにするんだろ。頼まれたものはできてるよ」 中田は、白い封筒をデスクから出した。遺書だ。今回のテロはすべて自分が仕組んだことである、金品の調達その他はすべて自分がやり、亡命者を集めてことに及んだ。実行犯以外の者はみんな死んだ。自分も後を追う。そんな趣旨のことが書かれている。自分が黒幕であると告白して関係者はみんな死んだとしておけば、若い子は生き延びることができるかもしれない。マドレからそう頼まれていたのだ 「いいの?」 「かまわないよ。例の、女子生徒が死んだ学校の先生がいたよね。彼が僕の筆跡に気づいたせいで厄介なことになったけど。 彼は本当に苦しんでいた。話を聞きながら、僕にはこの国で生きる資格はないと思った」 「良心がいたんだの?」 「逆だよ。何も感じなかった。かわいそうとも思わなかった。あなたの言葉を借りれば、僕の感情はあの島に置き去りになってる。ここには幽霊がいるだけだ。僕はもう自分が生きた人間だとは思えない」 「私たちは、他人の悲しみに深入りできるほど恵まれていなかった。ただそれだけよ。あなたの罪じゃない」 「でも、幽霊は、消えるべきだ」 「あなたのお父様が、せっかくあなたを逃がしたのに?」 「それは、ちょっと違うんだよ。僕の出自は知ってる? 僕の母はあなたと同じ、特別な娼婦だった。僕は愛人の子だったんだよ。あの屋敷で分け隔てされた記憶はない。みんな立派な人たちだったよ。 でも、僕だけ逃がしたはちょっと違う。逃げようと思えば全員逃げられた。でも、父は戦う選択をした。戦うメンバーに僕を入れてくれなかった。僕はそう思ってる」 「あなたを受け入れてくれた日本のご家族は気の毒なことになるわ」 「迷惑はかけるよね」 中田はもう一通の封筒をデスクから出した。 「ここに、日本の家族にあてた遺書がある。僕がいかにしてこんな犯行を計画するに至ったか、冷酷な人柄を表に出さないためにどんな風に家族を欺いてきたか、書いてある。あの人たちには強い人脈があるから、この手紙をうまく使えば切り抜けられるはずだよ」 「そう・・・じゃあ、覚悟はできているのね」
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