38人が本棚に入れています
本棚に追加
俺は? 俺はどうなんだろう。
中学生の時に付き合った『みきちゃん』の話を、マドレにしたことがある。マドレはとても楽しそうに聞いてくれた。
「あなたは何て呼ばれてたの?」
「ともくん」
「ともくん。ともくんなのね」
マドレは笑った。そして、俺の顔を覗き込んで言った。
「『ともくん。』こんな感じ?」
「そんなに近くないよ。」
「キスは?」
そういいながらマドレは唇を重ねてきた。神山はキスを受け入れながらマドレの裸の背中に手をまわした。柔らかい唇と温かい舌の感触を味わってから
「キスなんてしないよ。手をつないで並んで歩くんだけだよ」
「それだけ?」
「そう。それが、デート」
「ふうん。あなたは彼女をなんて呼んだの?」
「みきちゃん」
「みきちゃん。みきちゃんは、かわいい?」
「うん・・・」
みきちゃんはソフトテニスをやっていた。日に焼けて、ショートカットで、猫のように俊敏で、授業中に神山と目が合うとうれしそうに笑った。マドレとも、シラユキともちがう。マドレは十歳の時に娼館に売られた。生まれた家は神山と似たようのものだ。こんな経験はあるはずがなかった。
「手をつないで、そのあとは何したの」
「アイスクリーム食べにいった。イチゴミルクがおいしいって言うから、俺が買ったよ」
「すてきね。ありがとうっていってくれた?」
「うん。俺も同じのを食べた」
「おいしかった?」
「うん。俺は、何を選べばいいかわからないからさ。助かったよ」
ケースいっぱいに並んでいる無数のフレーバーからみきちゃんは迷うことなくイチゴミルクを選んだ。これが一番おいしいの、と。
きっとみきちゃんは、今でもイチゴミルクを迷わずに選んでいるのだろう。選択肢から、何かを選ぶ。俺にはそんな経験はなかった。マドレにもないはずだ。
みきちゃんは、あの日のことを覚えてくれているだろうか。たくさんのきらびやかな選択肢の中から、たった一つだけを選び取り、これが一番好きだと言える世界がある。そう教えてくれたことを、覚えているだろうか。
手を伸ばせば届きそうなところに無数のフレーバーがある。俺に選べるものは何もない。でもみきちゃんはその中からやすやすと一つを選び出して、俺にさしだしてくれた。あれを受け取ればよかったのかもしれない。そうすれば、あるいは、こんな袋小路から抜け出せたのかもしれない。
でも、俺は握らなかった。きらびやかなフレーバーのどこを探しても、マドレはいないと分かっていたから。
俺はマドレが好きだ。どうしようもなく、好きだ。
最初のコメントを投稿しよう!