追憶

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俺は? 俺はどうなんだろう。 中学生の時に付き合った『みきちゃん』の話を、マドレにしたことがある。マドレはとても楽しそうに聞いてくれた。 「あなたは何て呼ばれてたの?」 「ともくん」 「ともくん。ともくんなのね」 マドレは笑った。そして、俺の顔を覗き込んで言った。 「『ともくん。』こんな感じ?」 「そんなに近くないよ。」 「キスは?」 そういいながらマドレは唇を重ねてきた。神山はキスを受け入れながらマドレの裸の背中に手をまわした。柔らかい唇と温かい舌の感触を味わってから 「キスなんてしないよ。手をつないで並んで歩くんだけだよ」 「それだけ?」 「そう。それが、デート」 「ふうん。あなたは彼女をなんて呼んだの?」 「みきちゃん」 「みきちゃん。みきちゃんは、かわいい?」 「うん・・・」 みきちゃんはソフトテニスをやっていた。日に焼けて、ショートカットで、猫のように俊敏で、授業中に神山と目が合うとうれしそうに笑った。マドレとも、シラユキともちがう。マドレは十歳の時に娼館に売られた。生まれた家は神山と似たようのものだ。こんな経験はあるはずがなかった。 「手をつないで、そのあとは何したの」 「アイスクリーム食べにいった。イチゴミルクがおいしいって言うから、俺が買ったよ」 「すてきね。ありがとうっていってくれた?」 「うん。俺も同じのを食べた」 「おいしかった?」 「うん。俺は、何を選べばいいかわからないからさ。助かったよ」 ケースいっぱいに並んでいる無数のフレーバーからみきちゃんは迷うことなくイチゴミルクを選んだ。これが一番おいしいの、と。 きっとみきちゃんは、今でもイチゴミルクを迷わずに選んでいるのだろう。選択肢から、何かを選ぶ。俺にはそんな経験はなかった。マドレにもないはずだ。 みきちゃんは、あの日のことを覚えてくれているだろうか。たくさんのきらびやかな選択肢の中から、たった一つだけを選び取り、これが一番好きだと言える世界がある。そう教えてくれたことを、覚えているだろうか。 手を伸ばせば届きそうなところに無数のフレーバーがある。俺に選べるものは何もない。でもみきちゃんはその中からやすやすと一つを選び出して、俺にさしだしてくれた。あれを受け取ればよかったのかもしれない。そうすれば、あるいは、こんな袋小路から抜け出せたのかもしれない。  でも、俺は握らなかった。きらびやかなフレーバーのどこを探しても、マドレはいないと分かっていたから。  俺はマドレが好きだ。どうしようもなく、好きだ。
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