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次に意識が戻ったときは、多少周囲をサーチする余裕があった。
体の痛みよりも、まずは視線の痛みを感じた。複数の、強烈な感情を伴った視線が、自分に注がれている。招かれざる闖入者を前に、どうやってこいつの面の皮をはがしてやろうといきりたつ視線が複数。面の皮どころか殺してやりたいと思ってるのが一つ。これは多分、花屋でカメラ越しに俺を見ていたやつのだ。めちゃくちゃ怒ってるのが伝わってくる。桐島が見たきれいな男というのはこいつかもしれない。
あと一つ特徴的な視線。シラユキを追跡していた時に、重尾を混乱させた視線。
そしてもう一つ。シラユキちゃんのもの。これは絶対に間違わない。痛々しい感情が突き刺さる。戸惑い、恐怖、俺を助けたいと必死に考えている感情。
きつい。これから重尾は確実にシラユキを悲しませ怒らせることになる。
シラユキは俺の事を憎むだろう。
それは本当に辛く、悲しい。
「いい加減、起こしてやれよ。埒が明かん」
渋い男の声だ。さっきからもう二つ、やけに冷静な視線が増えている。この二つは感情がよくわからないだけに怖い。
「この子、しゃべるかしらね。あまり時間もないわ」
落ち着いたきれいな声だ。こんな状況じゃなければ聞きほれてしまいそうだ。この二つの声は、少しだけイントネーションが独特だ。靴の音が近づいてくる。冷静な男の視線も近づいてくる。髪がつかまれて顔が持ち上げられる。
「時間をかければしゃべるかもしれんが、そんな余裕はない。」
「そう。明日だものね」
女の声。明日って?
女の視線が動いた。
「シラユキ、あなた、やれる? 彼がしゃべらないと、このまま殴り続けないといけないわ」
シラユキ? 何をさせるつもりなんだ・・・『キス』か・・・
重尾はぞくりとした。まだ、俺は『キス』が何なのか分かっていない。今、『キス』されるわけにはいかない
「うん。大丈夫。やれる。やれるけど、クリームの残りがないから・・・」
シラユキの声がした。
「そう・・じゃあ、これを使って。」
コトリ、と音がした。女が、何かをどこかに置いた。
部屋の中が静まり返った。
シラユキの視線が移動した。シラユキだけではない。その場にいる全員の視線が動いた。
何だ? あそこに何がある?
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