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前夜 3
重尾は薬品の香りがする清潔なベッドに横たわっている。
内臓に大きな損傷はなし。肋骨にはひびが入っていた。命には、別状なし。重尾は身の安全を実感した。
パトカーのサイレンがあちこちから入り乱れるように近づいてくるのを大瀧に支えられながら夢うつつに聞いていた。今頃、あの場所にいた人間は拘束されているだろう。
シラユキも。
彼女には、ひどいことを言った。
『君は好きじゃない男にキスするんだね』
あの場に隙を作りたかった。だから、ダメージを与える言葉を考えて、投げつけた。
うまくいったから、俺はいま助かっている。
次にシラユキの姿を見るのはどこだろうか。法廷? 未成年の裁判はどうなるんだろう。国籍も生育歴も定かでない少女をどう裁くんだろう。シラユキは何をしてきたんだろう。どこまで自分がしていたことを理解していたんだろう。
分からない。
一度でいいから、お互いに何も背負っていない立場で笑いあってみたかった。シラユキの笑顔を、笑う声を聞きたかった。できることなら抱きしめたかった。キスしたかった。
痛み止めが聞き始め、重尾は眠りに落ちていった。
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