フェスティバル

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『ニエベス』周辺から警察官の気配が消えた。同時多発した爆発の処理に駆り出されたのだろう。何が爆発したか知られるまでの時間を稼ぐため、カメラに映りこんでいないプランターから爆発させた。 次にボスたちの移動を誘導する。 コンベンションセンター裏のマンションの駐車場に車を停めさせて、タイミングを見計らって突入のサインを出す。 静まり返った地下室で一人、キーボードをたたき、無線で指示を出す。交通局で勤務している気分だ。同僚と肩を並べていても、俺は一人だった。おとなしくて真面目な若い職員。そう見えるようにふるまってきた。 今頃、局の職員はどうしているんだろう。きっと天地をひっくり返したような騒ぎだろうな。 当直の坂本さんには気の毒なことをした。まさか彼にスタンガンを押し付ける日が来るとは夢にも思わなかった。 旅行が好きで、有給明けにはお土産のお菓子を配ってくれた。余ったお菓子はなぜか全部自分にくれた。理由は聞かなかった。質問をして答えをもらえば、そこに関係性が生まれる。どんなほころびにつながるか、分からない・・・ 十分、気を付けてきたつもりだった。大瀧の歓迎会に出たのが間違いだった。教育係を任されたから、という理由をつけたけど、今思えば違う。   着任の時、不機嫌を隠そうともしない態度で、三年辛抱して本庁に戻ります、と宣言したときはびっくりした。そんな態度をとっても苦笑いですむ雰囲気になってしまったのにもさらに驚いた。 なんだろうな、と思った。だから、酒の席で様子を観察するつもりだった。そしたらあっという間に酔いつぶれて、神山が担いで帰る羽目になった。タクシーに押し込んで、そのまま別れるつもりだったけど、気が変わった。 部屋まで送ってベッドに寝かせてから、神山は小滝の部屋を観察した。普通の男がどんな暮らしをしているのか、知りたくなったのだ。 部屋はおおむね清潔。キッチンに料理をした形跡はなし。コンビニ弁当のカラをきちんと洗って分別しているところは好感が持てる。 一番興味深かったのは、本棚に飾ってある写真立てだった。鳥居をバックに和服を着てピースサインをしている幼児、七五三という行事の写真だろう。神山はニュース映像でしか見たことがない。隣にいるのは母親か。よく似ている。旅行先でとった家族写真もあった。 ハチマキを巻いて学生服でポーズをとっているのは、体育祭の応援団。これは神山も行事として参加したことがある。部活の引退の時にもらったと思われる寄せ書きと、添えられた写真。たくさんの部員が並ぶ最前列に、輝くような大瀧の笑顔があった。大瀧の人生が、一つの棚に惜しげもなく飾られている。 何一つ、隠す必要のない人生が、展開されている。 神山は、大瀧の後列に映っている部員たちの顔を一人一人眺めた。自分がそこに映っているような錯覚を覚えたのだ。 みきちゃんも。 同じ空間に存在していても、決して手の届かない世界。光り輝く無数のフレーバー。 「きれいだな」 思わずつぶやいていた。 眺めるだけにしておくべきだった。触ってみようなんて、思ってはいけなかった。 そのうちの一枚。小学生の頃だろうか。パジャマ姿で同じ年頃の女の子と並んでいる。病室だ。 よく見ると、手で胸元のペンダントを掲げている。子供の手作りらしい、水色のビーズでできたペンダントだ。写真の横に、現物が置かれていた。幼いデザインのペンダントトップがごついシルバーのチェーンについている。 透明なアクセサリーケースにそれだけが大切に入れられていた。 きっと、特別なものだ ペンダントの由来、聞いてみたかったな。  ボスから、配置についたと連絡が入った。交通は大混乱だ。神山はバイクを走らせる。タブレットをバックパックに入れているとき、交通管理局の職員証が転がり出てきた。神山が血を吐く思いで手に入れた、偽りの身分。俺たちが生きている直線と、彼らが生きる直線は、交わってすらなかった。少しの間、隣り合っていただけだ。 でも、そこには、確実な手ごたえと、息遣いがあったんだ。   ボスから、早く動けと指示が入った。大丈夫、ここから現場まで10分もかからない。神山は、コンベンションセンターのエントランス前に置かれていたプランターを爆発させてから、バイクを走らせた。
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