フェスティバル

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「バカな奴らは犬のように死ね。汚い毒も消えてなくなれ。国の恥だ。国の恥は俺が葬る」 エイドリアンは狂ったように叫んでいた。この男は誰なのか。私の知っている男ではない。私は誰なのか。私は愚かな犬なのか。  いや、ちがう。 私は愚かな犬ではない。愚かな犬などいない。首を絞められながら、マドレの心は叫んでいた。私は愚かな犬ではない。そのことを必ずお前に知らせてやる。 「ひどい夜だったわ。愚か者たちを犬のように殺して、さぞやお利口さんの楽園ができたんでしょうね」 「犬も毒も、根絶やしにしたつもりだった。まさか東京の花屋で、この花を見るとはな。心臓が止まるかと思ったよ」 「ばらまいたかいがあったわ。あなたなら見つけると思った」 「ああ。見つけたよ。生まれたときからこの花と付き合ってきた。薬師の家系だったからな。俺の人生を養分にしてきた花だ。忘れるものか」 「懐かしいでしょう」 「ああ。とても懐かしい」 そう言って、エイドリアンはかすかに笑ったのだ。失くしていた。 マドレも少し笑ったような気がした。 次の瞬間エイドリアンの体が吹き飛んだ。リュウセイだ。リュウセイは毒に耐性があった。いち早く体が動くようになったリュウセイが、銃弾を撃ち込んだのだ。 マドレとエイドリアンは母国語でしゃべっていたから、リュウセイには内容など全く分からない。でもとにかく、こいつを撃ち殺したら終わりなんだろ?俺はユキと一緒にどこへだっていく。ユキと一緒に行くのは俺なんだ。あいつじゃない。 おまえを連れて行くのは俺なんだよ。 リュウセイは傍らで青ざめているシラユキを見た。  銃声がもう一発。リュウセイが倒れた。重尾が撃った。硝煙をかき分けながらホールに入った重岡が最初に見たのは、リュウセイがシラユキに送った強いまなざしだった。そこにこもっていた強い感情は重尾には憎悪に見えた。次に打たれるのはシラユキだと思った。だから,撃った。 「リュウセイ!」 シラユキが絶叫した。その声が全員のフリーズを解除した。SPが発砲。ボスの手下が倒れる。 シラユキはリュウセイの体に覆いかぶさり、ホールの端に引きずっていこうとした。その時こっちに走り寄ってくる重尾と、まだ爆発していないプランターに気づいた。 「来るな!!」 重岡がひるんで止まった。次の瞬間プランターが爆発した。爆風と一緒にシゲが見えなくなった。シラユキはリュウセイをかばいながら端に移動した。 「ユキ」 「リュウセイ。下にお兄ちゃん来てるから。立ってよ。走って」 「無理。ごめんな、どこにも行けなくて。」 「何言ってんの。一緒に来て。走って」 「そんな顔すんな。笑ってよ・・・俺には、笑ってくれなかったじゃん」 「笑ってたよ。一緒に笑ってたよ」 「うん。俺もそう思ってた。でも、違ってたんだ」 リュウセイが動かなくなった。嘘だ。こんなことあるわけない。 撃ったのは誰?シゲ?そんなの嘘だ。全部嘘。これは夢の話だ。  まだ銃弾が飛んでいる。ボスが何かに走り寄った。マドレだ。倒れたマドレを起こそうとしている。マドレは、生きている。ボスが撃たれた。 「マドレ!!」 シラユキは体を低くして、マドレのそばに駆け寄った。 「マドレ!!走って。お兄ちゃんが待ってるから。」 シラユキは、マドレを抱き起し、肩を貸した。走る。逃げる。お兄ちゃんのところまで。そうすれば、きっと何とかなる。
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